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新 米 監 督 の 日 記
ブログ紹介
画像2005.11.4〜 新米監督の日記スタート
「楽しいバレー」 「考えるバレー」を求めて・・・
そして「楽しい人生」を送るために・・・

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選手の想い

2017/10/15 20:43
選手の考えを知らなければ、コーチはできないですね。
一方通行だと、そのときは上下関係から、一時的には上手くいくかもしれないけれど
どこかでひずみ、弊害が起きますね。

けれど、一方通行は簡単だ。
こちらの考えを伝えるだけでいいから。

でも、本当に大切なことは、選手が何をしようとしたかだ。
行動と結果は全く別の世界の話。

だから、選手がどんな行動をしようとしたかについて話し合う必要がある。
これが、お互いに同じ目標に向かって進むということだ。

先日、選手と話す機会を作ることが出来た。
当然、こちらが思っていることとは違うことの方が多い。

だけど、その選手の考えを聞かないと目標設定など到底できない。
目標って、ひとつではないから、選手の考えを聞くことでいくつかの目標が出てくる。

人間って奥が深い。
色々な考えがあるから奥が深い。

選手と話をした後にふと思ったことがある。
高い目標や、素晴らしい目標を立てることが出来れば最高であるが、
その前に、選手と話し合うことが出来ただけでもそれは私にとって素晴らしいことなのだ。

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真似ぶ

2017/10/09 19:40
上手くなりたければ、まずは上手い選手のプレーを真似すればいい。
もっと、もっと上手い選手のプレーを研究して、細かなところまで見逃さないことだ。

ボールに触っているときだけではなく、それまでの準備している様子を見るのも参考になる。

とにかく、上手くなるためにはどうしたらいいか考え続けることだ。
周りには上手い人がたくさんいるから、それを無駄にしてはいけない。

ぼんやりとした、ただ上手くなりたいという思いだけでは足りない。

パスの仕方
サーブの打ち方
助走の取り方

ストレッチの仕方
ボールの渡し方
声の掛け方

公式練習の入り方
序盤・中盤・終盤の試合展開の方法
しんどくなってきたときのプレー方法

気の抜き方
テンションを上げる方法
悔しがり方・・・等々

挙げればきりがない。

気になる選手に対しては自然にその選手に好意をいだく。
素敵な選手だから、真似ようと思う。

学ぶとは、まず「真似ぶ」こと。




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長所を忘れない

2017/10/01 20:27
声を出さない
言うことを聞かない
この思いを分かってくれない
何を考えているのか分からない

出来ていないことを言い出すときりがない。
けれど、そのことを言っている瞬間は多少なりともスッキリする。
そんなことを思うことは私も人間だからある。

でもちょっと待てよと考える。
そんな態度でも毎回練習に来る。

レシーブ練習では弱音を吐いたような態度を見せるけれど
アタック練習では弱音を吐かず何本ものトスを打ち続ける。

まんべんなく100点に近い選手を育てたいのは当たり前のこと。
そんな完璧な選手など到底いない。

長所を伸ばせは短所は薄れる。
長所を伸ばせば選手は伸びる。

その選手からそんなことを考えさせられた。
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勝つこと以上に難しいこと

2017/09/24 20:25
「楽しいことは力なり」

だが、こんな声も聞こえてくる。
スポーツは楽しいだけではやっていけない。
努力も必要、根性も必要だと。

けれど敢えて反論したい。

楽しいから努力が出来るのではないか。
楽しいから根性を出すのではないか。

誰のために努力するのか。
何故、根性出すのか。
全ては楽しむためではないか。

勝利のため?
なら、勝利すれば、すべて楽しいのか。
そうではないだろう。
勝利しても満足できないときもある。

まずは、楽しいことが最初にあり、
そして、最後にも楽しいことが心に残るのではないか。

ひとを欺いて勝っても楽しくない。
チームワークを欠いて勝っても楽しくない。

勝つこと以上に楽しむことは難しい。

こんなことを考えた一日だ。
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得点板は道標

2017/09/18 20:47
九人制バレーはご承知の通り1セット21点のゲームだ。

選手たちに伝える。
「1セット21点を同じリズムでプレーしてはだめだ!」と

21点を三分割にしてプレーしなければならない。

まずは前半となる11点まで
次は中盤の15点まで
そして、一番重要となる後半の16点以降のプレーだ。

当然、相手チームの力によってこの基準となる点数に幅が生まれる。
ひとつのミスも、前半と後半ではその重みも変わる。
ひとつのチャレンジも点差によってはリズムに大きく影響する。

そして、選手たちに次の言葉を伝える。
「得点板と会話しているか?」

2〜3点に一回は得点板を見てプレーのシナリオをイメージしなければならない。
守るべきか、攻めるべきか、それとも他にアイデアはあるのかと・・・。

どうすればいいのか、
場面に応じたプレーに気付き、それが実践できること
そして、常にどうしたらいいのか考え続けること。

得点板はプレーの道標となるのだ。
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大将の戒め

2017/09/13 08:07
徳川家康

大将というものは
敬(うや)われているようでその実家来に絶えず落ち度を探られているものだ
恐れられているようで侮(あなど)られ
親しまれているようで疎(うと)んじられ
好かれているようで憎まれているものじゃ

大将というものは
絶えず勉強せねばならぬし
礼儀もわきまえねばならぬ
良い家来を持とうと思うならわが食を減らしても家来にひもじい思いをさせてはならぬ
自分ひとりでは何も出来ぬ
これが三十二年間つくづく思い知らされた家康の経験である

家来というものは
縁でつないでならず、機嫌をとってならず、遠ざけてならず、近づけてならず、怒らせてはならず、油断させてはならぬものだ
「ではどうすれば良いか」
それはな己に惚れさせることよ



惚れさすまではいかないとしても、人と関わる以上はなにがしかの影響を与えているものだ。
ならば良い影響が与えられるような人間にならないと・・・

自戒

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失敗直後に

2017/09/05 08:03
先日は試合。

試合で調子の良い状態のときは、極端に考えればベンチで見ているだけでも上手くいくものだ。
リズムも良いし自然と声も出る。

変にアドバイスすると、逆にリズムを変えてしまうことがあるので、見守るほうが良いのかもしれない。

問題となるのは逆のときだ、リズムの悪いときは何をやっても上手くいかない。

失敗すればチームもへこみ、選手もへこむ、手を打たず何もしなければ負のスパイラルに入り込む。

そんなとき、サオリンこと全日本女子バレー前キャプテンの木村沙織選手は、失敗直後に選手全員をコート中央に集め円陣を組み試合の流れを変えようとした。

通常は自チームが得点したときだけ円陣を組むことのほうが多いが、あえて失敗したときに実践した。

その目的は、失敗した選手を孤立させないこと、そして、失敗した当人・チームが直ぐに切り替えれるようにするためだ。

まったくこれと同じようにする必要はない。

調子が悪いときにどうするか、どうすればチームがひとつになるのか、そんなことを考えた試合内容だった。
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選手へのアドバイス

2017/08/30 22:27
「試合で波に乗り、上手く噛み合えば、君たちはすごい力を発揮する。
見ての通り、今の試合は負けはしたが、格上のチーム相手に本来の力が発揮されていた。

今、君達に必要なことは、勝ち負けではなくて、試合の内容、ラリーの中身だ。
内容が悪くても不思議に勝てることはあるが、今求めていることは、ラリーの内容、何をしようとしたかだ。

如何せん、君たちはまだ若い。だから波に乗るのに時間がかかる。
先日の試合でも、波に乗る前に負けてしまった。

バレーをしていると、雰囲気が悪くなったと気付くことが必ずあるはずだ。そのときは人任せにするのではなく、自分に何ができるかを考え、自らが主体的に行動してほしい」
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個人の失敗はチームの課題

2017/08/27 10:20
やっとパソコン前に辿り着いた
今週は息子が帰岡し一週間バタバタと疲れましたね〜。

ところで、先日はスポ少ソフトの元監督(73才)さんとの飲み会だ。
何度もこのブログで触れてきたが、悩みがあればいろいろと相談に乗ってもらっている。

大先輩は子供たちにたくさんの道徳を伝えてきた。
スポーツも生活も同じこと。
生活部分をおろそかにする人は名選手にはなれないということだ。

そのなかで、バレーにも通じる言葉を発してくれたので思わず書き留めた。

「失敗はOK! その後、周りの選手がカバーリングを怠ると怒っていた」と。

試合中に失敗を失敗で終わらせ、放置してしまうと、そこから傷口が大きくなり取り返しがつかなくなる。

失敗の連続である球技スポーツ。

失敗を個人の課題で終わらせてはいけない。
失敗はチームの課題だ。
失敗が起こればチーム全体で解決しなければならない。

失敗を起こして立ち止まってはいけない。
ボールに向かって集合するのだ。


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360度全てが同じ

2017/08/18 20:54
「練習は日常生活にあり、とずっといってきました。3年間、午後2時から8時間の全体練習をやり続けましたが、それ以外の16時間をどうやって過ごすのか、ということです。そして野球のフェアグラウンドは90度の角度で広がっていますが、その他の270度の空間で何をするのか。それを突き詰めてほしい。」

高校野球部監督の言葉だ。

同感ですね。すべてが繋がっていますね〜。
コート上のプレーも、社会生活上の態度もすべて同じだ。

これまで何人もの選手と関り、たくさんの選手を見てきたが間違いなく言えることだ。

コート上で諦めない選手は、どんな場面でも決して諦めない。
単純に諦めることを知らないのだ。

天性の力だから、どんどんその選手の力を発揮するわけだ。

私生活を軽んじる選手は、練習も軽んじる。
悲しいかな例外はない。

360度全てが同じ世界なのだ。
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2017/08/14 21:15
実家に帰り墓参り
こんなときに親に感謝しなければいけないことに気付かされる。

両親も高齢となり、色々と考えることが多くなる・・・

苦労して育ててくれたお袋に、若い頃はどんな楽しみがあったのかと聞いたところ
「楽しみは仕事することだった」
「仕事ができたことが楽しかった」と返ってきた。

それを聞いてなんだか返す言葉が見つからなかった。

親が現役のとき、どんな考え、生活をしていたのだろうか知りたいと思った。
親と話が出来るときに聞いておきたかった。

子に対する思い、仕事への考え、子育て、食事づくり、趣味・・・。

親と別れてからでは遅いのだ。

ここまで育ててくれた親だ。
その生きざまを知りたい。


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2017 うらじゃ

2017/08/07 20:16
「2017うらじゃ」終わりましたね〜

二日間練り歩きましたー。

娘うらじゃに関って数年、これで一区切りですね。
365日分の2日だけれども、毎回感動させられる。

踊り子たちの笑顔かな〜、涙かな〜
そんな踊り子を見ていると胸が熱くなる。

何カ月も前からメンバーと話し合い
振付けを決め、掛け声を決め、そして衣装を決める。
メンバーとは衝突の連続だ!

けれども、当日になれば、声を掛け合い、助け合い、励まし合う。
今日が最後と、燃え尽きようとする。

子供たちの力には驚かされる。

たくさんのパワーをいただきました。
感謝


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試合間近の怪我

2017/08/01 21:41
試合が間近に迫り、怪我をする選手が出現する。
辛いですね〜。

その選手は口に出しては言わないが、
忙しい生活の中でも時間を作り体育館に足を運んでいる姿を見ているから余計にそう思うのかもしれない。

真夏の体育館での暑さ対策を行い。
アタックの確認
レシーブの確認
サーブの確認
サーブキャッチの確認
ネットプレーの確認
チームプレーの確認
そして、気持ちの確認を行ってきたところに怪我をした。

どんな言葉を掛けたらいいのか分からない。

けっして、怪我をしたことが試練とは思わない。
だって、すでに毎回、試練に向き合っているから。
きっと、バレーの神様に何らかの考えがあってのことなのでしょうね。

こんなことを考えていると、
勝ち負けよりも大切なことに気付かされる。

それは選手がバレーを好きであり続けてほしいということ。
それだけで十分だということだ。
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有るものに感謝して

2017/07/24 21:50
先月で50歳になった。
これが現実だ。

以前なら、「気持ちは20歳代!!」と言っていたが
今は、頑張っても「気持ちは30歳代!」としか言えない(笑)

バレーの後遺症もあり、痛い箇所がだんだんと増えていく。
体は間違いなく老いていく・・・。

それと同時に、嘆きも増えてくる。
やりたいことはたくさんあるのに、テンションが下がるばかりだ。

そんなときに、ふと気づいたことがある。

出来ないことに嘆くよりも、できることあることに感謝し、それを生かすこと!
出来ないことにスポットを当てるよりも、できることにスポットを当てれば、まだまだ出来ることはたくさんある。

そんなことを考えるだけでも、気持ちは前向きになれる。
「無い物ねだりは禁物」なのだ。


話は変わるが、
先日こんなことを考えた。
「がん告知を望むか?」

今問われると、間違いなく教えてもらいたい。
残された時間を知らされたい。
だって、やりたいことがたくさんあるから・・・。

ちょっと待てよ!
時間を限られなければ、やりたいことをやらないの?

やりたいことは、やりたいときにやるものだ。
時間の有無でやるべきものではない。


話は元に戻る。

腰が痛くてある整形外科へ。
痛みを取ってほしくて、先生に手術の可否を尋ねたところ
「100m歩けなくなったら手術しよう!」と言われた。

当然なのかもしれない。
手術するまでには程遠い腰の元気さなのだ。
手術する人は、100mすら歩くことができない。

手術なんてとんでもないことだと分かっている。
けれども、先生はちょっと強引な例えで私を諭してくれたのかもしれない。

言うのは簡単だ。
実行するのはもっと大変だけれども
無いものに嘆かないように、有るものに感謝して。


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船釣り体験

2017/07/19 22:12
先日は、バレー仲間の友人と船釣り体験だ。
その友人は、自分所有の船で毎週、沖に船釣りに行くほどの釣吉だ。

夢だった船釣りを体験することが出来、おまけに釣果もまずまずだった。
夏の魚であるキスを40匹程度、
私は釣り上げることが出来なかったが、友人は50cm級の鯛を二匹も釣り上げた。

約二時間の孤独と睡魔との戦いの中、釣り上げた鯛は本当に見事だった。

波が多少ある中での船出、船が結構揺れる中でも、その友人は船上を小走りに走る。
見事な体幹と感心しながら見入っていた。

そして、経験からくる見事な段取りと周りへの気配り。
見事の言葉に尽きる。

次は大きな夢のひとつ、船上で魚料理を食べることだ!
チャンスがあれば是非とお願いした。

感謝

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最悪を想定し最善を尽くす

2017/07/15 22:01
選手に伝えたことをこうして日記に留める。

バレーはイレギュラーがつきものだ。
失敗のスポーツ。

綺麗なバレーをする必要などない。
イレギュラーなバレーをどれだけ想定できるか。

常に最悪を想定し、そして最善を尽くすこと。

以上


そして、この時期選手たちに付け加えて言いたいことがある。

熱い時期はバレーボールが汗で濡れてびしょびしょになる。
普通ならボールチェンジをするけれど、そこで考えてもらいたい。

ラリー中に濡れたボールをチェンジすることが出来るだろうか。
それは無理なことだ。

ボールが床に落ちるまでは、ボールがびしょびしょになろうとプレーを止めることはできない。
いつも恵まれた環境でバレーが出来ることは少ない。

体育館の照明が暗い、体育館が狭くてサーブが打ちにくい。
ボールが照明にかかってしまう。天井が高い(低い)などなど。

ならば、びしょびしょのボールで練習すればいいのではないだろうか。
環境を変えることはできないなら、こちらが少しでも変わる工夫をすればいいのではないだろうか。

最悪のことを想定して、最善を尽くす。


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最悪の精神状態を

2017/07/09 19:14
ゴルフをしていると投げ出して帰りたくなることがある。
何年もプレーしていると、午前中が良くても午後もそのまま順調に行くとは限らないことは当然分かっている。

先日のゴルフでも案の定、後半から山場が訪れた。
予想通り頭も心も混乱し始める。
集中力も途切れ、投げ出したくなる気持ちも出始める。

ここから、ゴルフ独特の葛藤が始まる。

けれども、トラブル(山場)もたくさん経験してなれなければいけない。
逃げ出すことを経験するよりも、次回もトラブルが起きないとは限らないのだから
トラブルをたくさん経験してその場面を受け入れることも必要なのかもしれない。

結局のところ、そこで逃げ出すと次には繋がらない。
上手くいかなくても、逃げ出さず、その場で一生懸命プレーすることで気付かされることがたくさんあり、次に同じようなトラブルに見合ったときに、少しでも自信になる。

ゴルフって、良いプレーを追及して練習するけれど、最悪の精神状態も想定しながらクラブを握る必要がありますね。

気付かされます・・・。

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基本練習が嫌いだ

2017/07/05 22:14
選手たちに伝えたことがある。
「私は基本練習が嫌いだ!」と

ただの反復練習。
その練習には選手の考え・アイデアなど存在しない。
基本練習はラリー中の一コマを取り出して練習をしているように見えるが、全くそうではない。

プレーの前後には必ず何らかの関わりが存在する。
ボールや選手との関わりがないプレーなど存在しないのだ。

何らかの関わりがあるということは、そこには何らかの考えが必ず生まれるはずだ。

だから私の基本練習に対するモットーは、そこに必ず考えやアイデアを求めることだ。

ラリー中は考えやアイデアの連続で成り立っている。

小さな子供が石ころを投げるのに、「手首をこうして」「肘を高くして」と考えながら石を投げるだろうか。

石ころを投げる先には必ず、考えやアイデアがあるのだ。
石ころを投げるために石ころは投げているのではない。

このことを伝えることが私の課題のひとつなのかもしれない。



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創造力が求められる

2017/07/01 18:40
今話題のプロ棋士、藤井聡太四段は瞬時に何十手、何百手先の手を読む。
それも何通りものパターンだ。

ところでバレー選手は何手先を読んでプレーしているだろうか。

自分がプレーする。
2人目の選手がプレーする。
そして、3人目の選手がプレーする。

せめて、将棋で言う三手先ぐらいは読んでプレーしてもらいたい。
もうひとつ付け加えるなら、何通りの三手先を読むのだろうか。

バレーはイレギュラーな場面がつきものだから、予定通りにいかないことの方が多い。
だから、最悪のことも想定し、三手先を読むことが必要だ。

よく自分のプレーが上手くいかなくて、そこで無意識にプレーを止めてしまう選手が多い。
イレギュラーなプレーを想定している選手なら、失敗もパターンのひとつであり、次の準備へと自然に体が動くはずだ。

バレーは繋ぎの連続、フォローの連続。
すなわち先を読む力、創造力が求められる競技だ。
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一流人の共通点

2017/06/26 20:50
1.素直であること
2.好奇心旺盛であること
3.忍耐力があり、あきらめないこと
4.準備を怠らないこと
5.几帳面であること
6.気配りができること
7.夢を持ち、目標を高く設定することができること

一流になっていった選手たちの共通点を七つ挙げた。
勝負の世界に生きる人間にとって、それはどれが欠けても「一流」にはなれない必須ともいうべき条件の数々である。

>>>>>
この文章は以前にもこのブログで触れたものだ。

「甲子園への遺言」(講談社)
伝説の打撃コーチ 高畠導宏の生涯

何十人もの一流選手を育てた高畠氏の言葉だ。
親・指導者もまさに当てはまりますね。

ここにきてバレー選手たちと関るようになり改めて読み返しているが
気付きと反省ばかりだ。

選手を育てるということは自分育て。
育児は育自。

今日も自戒だ・・・。
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基本練習とは

2017/06/21 22:11
バレーボールは失敗の競技
失敗の競技とは、ミスがつきものであるということ。

特に球技は上手くいかないことを前提に試合を組み立てなければいけない。
100点満点で勝利することはあり得ない。
70〜80点のプレーと100点に近づけるためのフォローを繰り返しラリーする。

力のあるチームも必ずミスを犯す。
個人の能力で可能な限りミスの幅を少なくし、足らずを次にプレーする人が補う。
それを当たり前のようにプレーし連動(ラリー)させるから見ていても個人がミスしたプレーだと気付きにくい。

だから、ミスを限りなく少なくする練習と、ミスした場合の対処方法の練習をする。

ミスを限りなく少なくする練習すなわち基本練習。この練習に偏りすぎると薄っぺらな人間味の薄いチームとなる。

ミスしたときの対処方法を練習するとは、応用練習といわれるかもしれないが、けっして応用練習ではなく基本練習なのだ。

よく聞く言葉がある。
「基本ができないのに応用練習なんて無理だ」と。

その考えでいくと、基本が出来たころには、その選手は考え方が硬直しすぎて、柔軟な発想ができず応用練習が難しくなってきているのだ。

要するに、一般的に言われる、基本練習と応用練習を区別するのではなく、早い段階からそれぞれをミックス(合体)した練習をして選手に身につけさせなければいけない。

バレーは思いやりのスポーツだ。
ラリーを続けることは思いやりの連続だ。

選手に思いやりの精神を植え付けるのは、子育てと同様で一日でも早い方がいい。

基本練習と応用練習を区別せずミックスさせて、心も体も成長期の選手たちに伝える必要がある。


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早く年を取れ!

2017/06/14 21:38
今日は人間ドックだ。
年に一度の体について初心に戻れる日だ。

今年も昨年同様に胃カメラをした。
昨年と同じ主治医の先生だ。

昨年、病院室内でその先生と雑談し、何かの拍子に時間の大切さを教えてもらった。

生死をたくさん見てきた先生だから、時間の大切さを知っている。
胃カメラの結果も異状なしとなり、私から最後に先生に伝えた。

「日々頑張ります!」
「一年後もまたよろしくお願いします!」と。

先生はニヤリと笑うだけで何も返答がなかった。
先生の態度から昨年と同様に励まされた感じがした。


話は少しそれるが、バレーチームで中堅の選手に伝えていることがある。
それは、「若いうちに、ベテランのプレーをしろ!」と。

年を取り、体が動かなくなって、ベテランのプレーをしたのでは手遅れだ。
若い時期に、体が動く時期に若いプレーとベテランのプレーをするから、プレーの幅が広がるのだ。

年を取り、体が動かなくなって、選択肢がなくなってからベテランのプレーをしたのでは、それは誰もが通る道であり、当たり前すぎるのだ。

「若いうちに、早く年を取れ!」と。

限られた人生だ。
与えられた時間の何倍もの時間を生きるくらいの考え方が必要なのだ。
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考えるバレーがまた始まる

2017/06/07 21:55
ここ数カ月、バレーチームのコーチとして選手と関り始めたことで悩みが尽きない。
大袈裟だが、人生でこれがバレー選手たちと関る最後のステージだと思っているから、慎重さの中に大胆さを持ち選手たちと関っている。

これまで、3チームの監督・コーチをしてきた経験、その中でたくさんの選手たちとの関わりから学んだことを自信に、集大成だと思って接している。

ただ、不安なことはひとつ、それは実践から数年離れていたことだ。

人としての考えや、バレーに対する知識が衰えていないか。
そこが大きな悩みのひとつとなっている。

そんなときに拠り所となるのが、これまでに書き残してきたバレーノート、そして
当時、何かに悩んだときに読み漁り勇気をもらった、たくさんの本だ。

本質部分は何年たっても決して変わらない。
そこのところを忘れてはいけないのだ。

選手のことを真剣に考えているのなら、私自身が悔いを残してはいけない。
そして指導者は選手がいなければ、指導者になることはできないのだ。


私の体は、全盛期と違って当然動かなくなってきており、選手たちとひとつのボールを交えての練習も限られてきている。

けれども、競技力は落ちても、人間力を高めることはこれからでもまったく遅くない。

そういった意味では、選手達とはバレーボールで関っているようで、もっと大きなところでは人として関わっていることになるのだ・・・。


ここ数カ月の間、当時と同じように選手と一緒に体を動かしてきた影響で古傷の腰が悲鳴を上げ、整形外科へ行き、レントゲン検査、腰への痛み止め注射、そして数日後にMRI検査を予定している。

何故、ここまでするのだろうかとの葛藤もある。
私生活に影響がでるのではないかとの不安もある。

ここまで体を突き動かすには他に何か理由があるのだろうか。
選手のためなのか、自分自身のためなのか、それともほかに理由があるのだろうかと・・・。

このブログを書きながら、ふと気づいたことがある。
私自身は、考えることが好きなのであると。

答えを見つけることも大切であるが、何かに一生懸命になり考え続けることが好きなのかもしれない。

考えるバレーの新たなステージが始まった。
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指導者の勘違い

2017/06/04 21:00
練習や試合見学に行くと、監督に対して選手たちが色々な場面でお世話をする。

監督が座るための椅子を出す
飲み物をコップに注ぎ渡す
服やバックの片づけ、整理をする 等々

目に見えない部分では、もっとたくさんのお世話をしているに違いにない。

この傾向は、歴史ある強豪チームに在りがちだ。

その様子を見ると、どうもしっくりこない。
礼儀を重んじたり、マナーを守ったりすることは大切だけれども

余り行き過ぎると、殿様のように奉っているような感じがして
スポーツとはかけ離れた世界を見ているような気がしてくる。

おまけに、指導者がそれを当たり前だと思って勘違いをしていることもある。

指導者も選手もお互いが学ぶ者同士として、お互いを助け合う感じがいいのではないだろうか。

お世話をしてもらえば、感謝の気持ちを伝える。
それは、選手がしてくれても同じことである。

そんなことを考えた今日この頃だ

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指導者の焦り

2017/05/29 20:09
チームが思いどおりの成果を出せないと指導者は焦る。
何故だろうか、どうしてだろうか・・・と疑問符ばかりがついてくる。

その考えだと、いっこうに考えが前に進まない。
そんなときは、少し時間をおいて考えた方がいいのかもしれない。
敗戦直後は感情的になりなかなか冷静に考えられないからだ。

焦りは禁物だ。
スタッフが焦ると、選手たちが焦り始める。
そうなると上手くいくはずがない。

少しでも選手たちが前向きに練習できる環境を作らなければいけない。
それがスタッフの役割だ。

結果が出るかどうかもよりも、その前に練習内容が充実しているか。
選手が成長しているか、この点を見なければならない。

試されているのは、選手ではなく指導者なのかもしれない。

自戒

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スポンジ

2017/05/24 20:40
選手を指導していると、最終的に行き着くところは、プレーの良し悪しではなく、その人の人間性の良し悪しに行き着く。
コミュニケーション能力、選手との関係力、謙虚力、感謝力など、要するに最終的には人間力の高さが試されてくる。

プレー面でいくら指導しても、その効果は人間力の高さで大きく左右する。
この人間力とは、コート上で作られるものではなく、大半が日々の生活の中から形成されていく。

プレーの出来不出来や結果など関係ない。
力のある選手は、自分を高めるために何でも吸収しようとする。
大きなスポンジを持っている。

ある意味、吸収する天性の力を持っているというわけだ。
そして、その選手は、もっと大きなスポンジを手に入れようと努力するから、どんどん成長し続けるというわけだ。


伝える側も勉強し続けなければいけない。
それだけ責任があるということ。

教わる側が成長できるようにと。

ここまで経験してくると、バレーの試合で勝つことも当然必要であるが
勝つことは一瞬だけれども、素敵な人間になることは一生ものだ。

日々前進だ!

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バレーの神様

2017/05/18 21:50
バレースポ少の話しになるのかもしれないが
バレーの神様は本当に存在するのだろうか・・・?とふと考えた。

監督やコーチは子供たちにこんなふうに伝える
「バレーの神様に応援してもらえるような選手になること!」

でもバレーの神様が存在しないとしたら、子供たちに嘘をついていることになる。

私はバレーの神様は存在すると思っている。
バレーの神様は選手のそれぞれの心の中にいるはずだと。
バレーの神様はあなた自身だと。

間違ったことをしているときも、そのことをあなたはよく分かっているはずだ。
努力が足りなければ、そのこともあなたはよく分かっているはずだ。

あなたが納得したバレーをすれば、バレーの神様であるあなたは、あなた自身に勇気や自信を与えるだろうし、きっとあなたを応援し微笑むだろう。

そんな風に考えると、あなた自身がバレーの神様であり、あなた自身があなたを応援する最大のファンなのだと。

バレーの神様を裏切るような取り組みをしていると、神様の存在どころの話ではない。
結局のところ、一生懸命バレーに取り組んでいるならば、必ずバレーの神様は存在することになる。

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選手が主役

2017/05/14 21:40
サッカーコーチとの懇親会がやっと実現した。
数年前から計画していたが、体調を崩したり、スケジュールが合わなく伸び伸びとなっていた。

コーチは高校生年代のサッカーコーチをしており、数年前まで、サッカーをしていた息子も大変お世話になった方だ。


チーム事情を聞けばやっぱりいろいろと問題がある。
こんな話をするといつも思うのが、全日本クラスのチームでも多かれ少なかれ問題を抱えながらチームを続けている。

そう考えると、完璧なチームなど「絶対」に存在しない。
同じ考えの選手ばかりいてもチームは成長しない。
どこかが違うから、それを補おうとして不思議なパワーが生まれるわけだ。

そのコーチもいろいろと問題を抱えながらでも、考えは前向きだ。
コーチ自身が選手の責任にするのではなく、少しでも自分が出来ることを探しているのだ。

熱いコーチです。
こんなコーチがチームや選手を幸せにするのです。


たまにコーチが所属するチームの応援に行き、コーチに声を掛ける。
「今日は頑張ってくださいね!」と。

するとそのコーチは必ずこんな風に返してくる。
「頑張るのは選手です!」と。

なるほどですね。
練習などのお膳立てするのがスタッフだ。
試合当日の主役はすべての選手たち。

たのしいひと時でした。
感謝
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その瞬間が幸せなのだ

2017/05/08 21:53
選手を勝たせてあげたい
選手を成長させてあげたい
選手に楽しいバレーを伝えたい

そんなふうに常に上昇志向もいいけれど、それだと私も選手も行き着くところは、しんどいバレーしか残らなくなるのではないか。

「もっと、もっと」の精神は大切だけれど、私も選手も疲れてくる。
選手はプロでもないし、いつまでも若くない。
家庭を持ち、責任ある仕事を持つと、当然、バレー最優先ではなくなる。

そこで気付かされたことは
選手たちとずっとバレーについて係われることへの感謝だ。

練習の先にある大きな目標に対して、選手と一緒に追い求めることも大切なことかもしれないが、それよりも、選手と一緒にバレーができることが、私にとっての生きがいなのかもしれない。

私は、これまでバレーから、そして選手からたくさんのことを教えてもらったし、現在も継続中だ。
大袈裟ではあるが、四六時中バレーのことを考え、どうすればバレーが、選手が良くなるのか考えている。

そう考えている瞬間が大切であり、幸せなことなのかもしれない。

こんなことを考えながら、またバレーに向き合い選手と向き合う日々が続く。

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見方を変える

2017/05/04 10:00
ゴールデンウィーク真只中。
天気も良くてお掃除日和(笑)

久しぶりに窓ふき頑張ったー!

窓ふきも、高い場所もあれば、低い場所もあり
低い場所ではそれほど体力使わずに拭けるけど、高い場所はつま先立ちしたりと大変だ。

けれども、そのときふと思った。

見る角度が変われば、汚れの見え方も変わるということ。
高い場所の窓ふきをしていると、低い場所では気付かなかった汚れが発見できるのだ。

ここでバレーと結びつけるのが良いところ?!(笑)

選手との関わりも、いつもの見方(固定観念)で関っていると、気付かないことが多くあるのかもしれない。

教えることも必要だし、選手の考えを聞くことも必要だ。
自分の考えは、年齢とともに硬直化してくるので、いつもの調子をあえて変えて選手と関ることも必要だ。

大切なことは、見えてないところを、どうやって見つけるかだ!

近付いたり、離れたり
高い所から見たり、低い所から見たりと。
見方を変えないと、選手の良さは発見できない。

ひょんな所から、アイデアは転がっていますね〜。


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